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(元)三留女子大生の毎日

しごと、たべもの、すきなこと。

いつまでも元気でいてほしい人たちの話

私はわけあって母方の祖母と暮らしています。誤解の無いように言っておきますが、両親も、父方の祖母も兄弟も健在です。仕事の都合で、たまたま母の実家から通ったほうが近かったので、一緒に暮らしています。

私は25歳、つまり生まれてから25年経ったことになります。その分、家族も年をとりました。大学生だった6年間、実家を離れていたせいで、家族の老いを感じることはあまりなかったのですが(おそらく私が帰省すると皆元気でいようとするから)、地元に帰ってきて頻繁に家族に会うようになると、ああ、みんな年をとったなあ、と思うことが増えました。

父方の祖母は、目に見えて小さくなりました。背中が曲がり、足や腰のあちこちが痛いと言います。今も元気に畑に出てはいるものの、目も見えにくくなっているし、ときどき転んであちこち打ったりしているようで心配でなりません。この前はキッチンでうっかりボヤを出すところでした。昔は絶対にそんなことはしなかった人でした。

母方の祖母は、長時間歩くのが困難です。もともと心臓があまり強くないのと、肥満気味のため、長時間歩くと息が切れるのです。私には見せないだけで、いろいろ心配事を抱えていることもわかってきました。曾祖母の遺産を祖父の兄弟にむしりとられたことが(親類の当然の権利なので仕方ないとわかっていても)、私は本当に悔しくてなりません。祖母はそれがあってから、なんとなく雰囲気が変わってきました。

母は更年期で、気分の浮き沈みが激しくなりました。自分でも自覚があるようですが、躁状態鬱状態のときの差が大きすぎて自分でも戸惑っているようです。私の将来がまだ不透明なことも、その精神状態の悪化に拍車をかけているようで、申し訳ないと思います。

 

年老いた祖母と過ごす時間が長いと、先のことをあまり考えたくなくなります。だってあと30年もしたら、二人ともこの世にはいないからです。死ぬまで元気でいてほしいし、なんならずっと生きていてほしいけど、人間の命には限りがあります。生物学的に言えば細胞分裂には限界があります。だから、いつか来る別れの時をただ待つしかありません。

私は、母方の祖父をがんで亡くし、父方の祖父を脳卒中で亡くしました。曾祖母二人は、どちらも突然の死でした。大切な人を失う悲しみ、さみしさ、喪失感は知っています。一緒に暮らす家族がある日唐突にその場からいなくなったらと思うと、どうしていいかわからないほどの恐怖に襲われます。

私は私の家族と、私を愛してくれる人たちに、いつまでも元気でいてほしいと思っています。もちろん、その「いつまでも」は永遠ではなく、彼ら彼女らの命が尽きるときまで、という注釈がつくことは書き添えておかなくてはなりません。

二人の祖母が元気なうちに結婚式に招待して晴れ姿を見せたいし、ひ孫を抱かせてあげたい。迷惑ばかりかけてきた両親に、ちゃんと恩返ししたい。

叶う前に、私の前からいなくなってほしくないから、いつまでも元気でいてほしい、という話でした。