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(元)三留女子大生の毎日

しごと、たべもの、すきなこと。

新生活を始めるあなたへ①おすすめのマナー絵本

新生活に際して知っておきたいマナーってたくさんありますよね。

この春から進学する人も、就職する人も、結婚を考えている人も、転居する人も、その時その時のマナーって知っているようで意外と知らないもの。勉強したいなあと思いながらも、誰かが教えてくれたりするわけでもないし、いざというときになって初めて「あれってどうするのが正解…???」と困惑することが多いのではないかなと思います。マナー本は固そうだし、字で見ても覚えられない……という方には、マナー絵本がおすすめ。たくさん出ていますが、今回は私が持っていておすすめできる、女性向けの「マナーとコツ」シリーズの絵本を紹介します。

 

お仕事のマナーとコツ (暮らしの絵本)

お仕事のマナーとコツ (暮らしの絵本)

 

話し方のマナーとコツ (暮らしの絵本)

しぐさのマナーとコツ (暮らしの絵本)

食べ方のマナーとコツ 暮らしの絵本

書き方のマナーとコツ (暮らしの絵本)

ウエディングのマナーとコツ (暮らしの絵本)

贈り方のマナーとコツ 暮らしの絵本

おつきあいのマナーとコツ (暮らしの絵本)

季節と暮らしのマナーとコツ (暮らしの絵本)

監修はそれぞれ異なりますが、同じ方が絵を担当されているので統一感があるし、揃える楽しみもあります。コンパクトでかさばらないので、カバンに入れておいて通勤中や休憩時間に読んで勉強できますし、困った時にさっと出して調べることもできます。

 

私が一番気に入っているのは「話し方のマナーとコツ」。 

話し方のマナーとコツ (暮らしの絵本)

話し方のマナーとコツ (暮らしの絵本)

 

話し言葉っていいかげんになりがちなので、これを読んだときは目からウロコだらけでした。当たり前のように使っている言葉が実はマナー違反だったりとかね。というか、ADHDとか軽いアスぺの人はこれを持っておくべき。本当に勉強になるし、いかに自分の物言いが人を傷つけていたか思い知らされます。新生活が始まって環境が変わったら、はじめましての人と話す機会も増えるもの。良い印象を持ってもらうためにも、話し方改革は必要だなって改めて思いました。

 

これから社会人になる人に持っておいてほしいのが「お仕事のマナーとコツ」

お仕事のマナーとコツ (暮らしの絵本)

お仕事のマナーとコツ (暮らしの絵本)

 

新社会人になるにあたり、就活でいろいろマナーを学んだから大丈夫なんて思っていませんか?確かに、就活のマナーと実際に働く際のマナーには共通点もありますが、私はこの本を読んでいかに自分が無知だったかを知りました。働き出してみれば当たり前のことなんですが、ありとあらゆる会社に1冊置いといて欲しい。仕事の進め方やその際のマナー、手順など、アルバイトだけではわからないことが全部書いてあります。よくわからない仕事術の本を買う前に、まずはこれを読んだほうがいいです。これからバイトを始める学生さんにもぜひ持っておいてほしい1冊。

 

マナーは、相手を不愉快にさせず自分が気持ちよく過ごすための思いやりと心遣いだと思います。新生活で出会う人たちによい印象を持ってもらうために、できることから少しずつ始めてみましょう♬

気になるコスメ

今日おともだちと百貨店ぶらぶらして気になったものを順不同で並べただけです。購入の際の参考には……ならないなぁ………。笑


BURBERRY
フレッシュフルイドルミナスベース(化粧下地)

30ml ¥5800+税

今日テスター見てきたけど相当に良かった!しっとりしているけど伸びが良いし、パールが細かくてすごくツヤッとした肌に仕上げてくれます。調べてみたらアイシャドウベースやハイライトとしても使えるみたい。ただカバー力は弱めです。あと高い\(^o^)/

 

ANNA SUI
イルミネイティングビューティーバーム(BBクリーム)

28g ¥2800+税

ANNA SUI | プライマー

お値段は手頃だけど評判の良いBBクリーム。カバー力はそこそこあります。しっとり系なので秋冬は良いが夏はきつそう。暑くなってきたらプロテクティブビューティーバームのほうがSPF50だし良いかもしれません。とりあえず今度タッチアップして色をあわせてもらってきます(見てないんかい)。最近リニューアルしたらしいけど、前のほうが評価が良かったみたい。成分変わっていませんように!!!

 

THREE
エピックミニダッシュ(チーク)

¥3000+税

見た目からリップかと思ってたらチークでした!リップグロスについてるみたいなチップで取って肌に乗せるタイプ。指で伸ばすとサラッとしたテクスチャになり、ふんわり色づくホイップタイプのチーク。マットなタイプのリップとしても使えるみたいです。秋冬っぽいけど07が気になるな〜♡

 

CHICCA
メスメリックウェットリップオイル(リップグロス)

¥3200+税

グロスというより美容液みたい。見た目より薄付きで、ベタベタしないけどしっかり潤います。今日は02番をタッチアップしてもらいました。主張は強くないけど色味があるので、手持ちのリップの上に重ねても、素の唇に重ねても絶対可愛い!今回はリップスティック(普通の口紅)を買ったけど次回はこれを買いたいですね。

 

RMK
クリーミィポリッシュトベース(化粧下地)

30g ¥3500+税

RMK クリーミィ ポリッシュト ベース N|ベースメイクアップ|オンラインショップ|RMK

過去に何回か使ったことがあって気に入ってました。今日見たらバッケージが変わっててめちゃくちゃおしゃれになっててびっくりした。成分は多分変わってないと思います。最近使ってないのでどんな感じか忘れたけど、デパコスにしてはお値段かわいいし(ドラコスの高い下地くらい)し、アマゾンだともうちょっと安く買えるのでタッチアップしてもらってから考えよう。

 

PAUL & JOE
ラトゥー エクラ ファンデーション プライマー(化粧下地)

30ml ¥4,000+税

おともだちがオススメしてくれた化粧下地。塗った感じはツヤッとしていて、バーバリーの下地と似ています。ただ、こっちはしっかりラベンダーカラーで補正効果もあるしパール多め。 私が普段使っているモイスチュアライジングプライマーより1000円位高いけど、バーバリーに比べたら安いもんですね。

 

今日はリップと下地を探していたので、チークやアイシャドウは殆ど見ていません。あと新作レポではないし、本当に興味があったものしか載せていないので、こんなものがあるんだ~っていう参考までに。

個人的にCHICCAのリップグロスは超おすすめです!!!!あとTHREEのチークも!皆さん良い女子ライフを❤❤

不登校大学生のあなたへ

私は大学生になって、初めて不登校になりました。


授業に出なくちゃいけないのに、朝起きられないとか、間に合う時間に起きたのに、なんとなく行きたくないとか、完全に行くつもりで準備していたのに、学校の近くまで来ると足がすくむとか、少し遅れてでも間に合うけど教室に入りにくいとか、大学にいるけど次の授業に出る気になれないとか、そういうのが、3回生くらいから少しずつ出てきました。今思えばたぶんサークル活動で完全にキャパオーバーしていたからだと思うんですが、みんな同じようにこなしているのに、なぜ私はうまくいかないんだろうと思っていました。

 

そもそも、大学というのは、絶対に行かなくてはいけない場所ではないんです。進学校だと当たり前のように大学進学を勧められますよね。何のためかというと、その高校(あるいは予備校)の入学者集めのためです、残念ながら。

旧帝大に何人合格しただの、医学部に何人合格しただの、国公立や有名私立大に何人合格しただの、そういう数字を作りたいだけなんです。だから、行きたくないなら行かなくていい場所ではあります。初等中等教育(小学校~高校まで)を受けていればほとんどの仕事ができるし、公務員にもなれます。
でも、大学を出ていたほうが、将来選べる仕事の選択肢は増えるし、高卒の人と比べると生涯賃金は大きく違います。大卒っていうだけで初任給も違いますからね。大学院も同様です。たっっかい学費はそのための投資なんです。通ってるときは思わないけどね……。だから、授業料を払っているのに大学に行かずに遊んでばかりいるのはダメだみたいに言われるわけです。

 

さて、不登校に話を戻しますね。
今、学校に行くことのできないみなさん、本当に今まで苦労されてきたんだと思います。とくに、小、中、高と順調に進んできた人は、頑張って大学に入ったのに、どうしてこんなところでつまずいてしまったんだろう、と悩んでおられるのではと思います。留年が決まってしまったから退学すべきだろうかとか、就職はどうなるんだろうとか、新学期からは頑張って授業に出たいけど、同級生や後輩になんて思われるか不安だとか、マイナスな気持ちでいっぱいだと思います。
心の奥底には、「不登校なんてダサい、かっこわるい」と思っていることが原因なんです。別にダサくもかっこ悪くもありません。何かのサインなんです。あなた自身の。

不登校というのは、それ自体がある種の現象としてひとくくりにされがちですが、原因は人それぞれです。人間関係がうまくいかないとか、授業についていけないとか、朝起きられないとか(これに関してはもっと根本的な原因究明が必要)、なんかいろいろありますが、まずはそれを解明しないことにはどうにもなりません。


残念なことに、大学には不登校学生のケアをしてくれる機関というのがほとんど存在しません。来ない生徒を来させるようにするとか、先生が授業のプリントを持ってきてくれるとかそういうこともやってくれません。当たり前ですけどね。私みたいに、ゼミの教授や友人が気にしてくれる人はラッキーです。そういうのもない人は本当につらいと思います。
大学に行けない日がかさんできて、単位が取れない。留年しそう。内定ももらっているのに卒業できない。一番やってはいけないのはもちろん死ぬことです。その次にやってはいけないのは、ストレス解消と称して好きなことばかりやることです。何の解決にもなりません。最初は楽しいでしょうけど、そのうち「私は何をしてるんだろう」と、楽しいことをしているはずなのに妙な罪悪感に苛まれてきます。そうなると悪循環です。どこかでそれを断ち切らなくてはいけません。

 

まずは、誰かに話を聞いてもらうことからはじめましょう。そこで大事なのは、友達や親ではなく、全くの第三者で、しかもカウンセリングのプロに聞いてもらうことです。病院に行かなくても、自治体で電話相談があったりしますから、まずはそういうところで話をしましょう。たかが不登校で?と思うかもしれませんが、その考えがすでに間違っています。不登校になるほど、なんらかの問題があって、ストレスが溜まっているということです。ちゃんと誰かに聞いてもらって、自分の気持ちを整理していきましょう。

そのうち、なぜ大学に足を運べなくなっているかが分かってくると思います。そもそもの無気力状態の原因が食生活の悪さにあった、なんてこともあります(実際、私はそうでした)。そこで完全に精神的にくたびれていたり、何らかの問題があると分かった場合は、しかるべき機関にかかって、療養あるいは改善していくことから始めましょう。

そうではない、まあまあ健康なのに大学に行けない人は、原因が分かったら、まずはちゃんとおうちの方に言いましょう。言いにくいと思いますが、今はラインでもなんでもいろんなツールがあります。それを駆使してください。留年しそうなら正直に言いましょう。これめっちゃ大事です。

そして、大学に通う意思がない、やりたいことは大学に通わなくてもできるとわかったなら、大学をやめましょう。働いたり専門学校に行ったりして、本当にやりたいことをやってください。周りの大人に言われて行ったような大学にズルズルと通い続ける必要はありません。
ただし、どうしても資格が取りたいとか、大学を卒業したいという意思がある人は別です。大学に通えるようにするため、原因を根本からつぶしていきましょう。
アルバイトで夜遅くまで働かないといけないなら、潔く辞めるか、シフトを減らしてもらうなどの対処をしましょう。それが無理ならそこはブラックだし親に言ってでも辞めるべきです。サークルの流れで食事に行くことが多いとかなら、家にご飯があるからとかなんとか言って早く帰りましょう。あなたの単位修得を阻害する人は友人でも仲間でもありません。そして大音量の目覚ましを買い、朝起きることに全力を注ぎましょう。食生活が偏りがちという人は、カップラーメンをやめて、卵とサラダチキンとごはんを食べるようにしましょう。多少値は張りますが、食生活って本当に大切です。余裕があれば週に一回はよい牛肉か豚肉を食べましょう。
朝の支度に時間がかかるという人は、私の記事

を参考にしてください。家で最低限やることだけやって、あとは学校でやればいいです。特に女子!私の知り合いは授業中にメイクしてたし休み時間に髪を巻いてたから家でやらなくてもいい!ちょっとくらいお化粧がヨレてたって、服がちぐはぐだったっていい。忘れ物をしてなくて人間の姿をしていればなんとかなるんです。その後の人生めちゃくちゃになるよりずっとましです。
一人暮らしをしている人で、自宅からでもなんとか通えるというタイプの人は、いっそ自宅から通うという選択もありです。実際、私の不登校はこれでかなり解決しました。生活がまともになり、精神状態も安定しました。逆に言えば、そこまでしてやっと改善の兆しを見せたわけで、一人暮らしを続けていたら治らなかったと思います。
逆に、自宅から通っている人は、もっともっと周りの人に協力してもらいましょう。朝起きられないなら、おうちの方に協力してもらって叩き起こしてもらいましょう。せめて朝ごはんくらいというなら、おにぎりの一つでも握っておいてもらえばいいです。まだ学生なんですから、頼れる人には頼りましょう。

あと、ガイダンスには行くべきです。前もって履修登録より先にクラス分けがされる授業を取りたい人は特に(語学系とか)。あと、実習などの過去に履修すべき授業で、理由があって本年度履修するという場合は、前もって担当の先生に言っておきましょう。

 

大事なのは、周りの目を気にしないことです。大学にちゃんと行くようになったからって、あなたを悪く言う人はどこにもいません。そんなことを言う人のほうが頭がおかしい。

あなたは学生の本文を全うしようと努力しているのですから、「今更?」なんていう人のことは放っておけばよいのです。来る新学期に向けて頑張ってください。

酔っぱらった勢いで好きな曲をダラダラ書き連ねていく話

ジャニーズ わたし

ええもうそれだけです。就職が決まったのでうれしすぎて酒を飲みながら酔っぱらった勢いで書いています。

 

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三留女子大生の就活が終わった話

しごと

 

少し前にこんなブログを書いたところでしたが、ありがたいことに、就職活動が終わりました。世間は今から就活ですが、私が言う「就活」は、この4月から働きたい人間の「就活」です。そして、3度の留年を経験した人間の「就活」です。

就職先は教育委員会です。一応公務員として扱われるとはいえ、更新ありの非常勤職員ですし、三年後どうなっているかなんてわからないんですけどね。いいところは残業手当が出るところ、賞与があるところ、週4だけど近所の自治体の事務(週5フルタイム)より基本給がいいことくらいかな……。贅沢は言いません。とりあえず決まってよかったです。

で、留年したら非常勤しかないのかという話ですが、1留したくらいでは就活にはほとんど響きません。弟は1留ですが、公務員になるために猛勉強して地元の自治体に合格しました。アルバイト先の先輩も1留でしたけど、大手財閥傘下の企業に内定をもらっていました。面接対策をしっかりしておいて、留年した理由と留年から得られたことをきちっと考えておけば、そんなにマイナスになることはありません。

あと、2留もまだ救いようがあります。公務員とか、中小企業なら拾ってもらえる可能性があります。私の知り合いで、サークル活動のリーダーをしていた人は2留しましたが、大手証券会社に内定をもらっていました。

しかし、3留は致命的です。少なくとも、誰もが名前を知っている大手企業や一部上場企業への新卒採用はほぼないと考えていいでしょう。中小の民間企業もできるだけ優秀な人材がほしいですから、それ相応の理由がなければことごとく落とされます。公務員も教員も、3留はかなりシビアに判断されます。履歴書を見た瞬間「なぜ留年したの?」と100%聞かれます。当たり前ですね。三留はよほどです。どんな理由を並べ立てたにせよマイナスでしかなく、事情が何であれ、かなりしっかりした目的があり、そこから得たものが明確で、今後社会人としてどう生かしていけるか説明できなければ、間違いなく落とされます。「どうしても取りたいと思わせる何か」があなたになくてはいけません。逆に言えば、自分が留年した理由をきちんと分析し、その経験から得られたもの(これは人それぞれ。考えてみて下さい。何も得られなかったなんて人はいないはず)や失ったもの、それらを社会に出たらどう活かすか、会社でどう役立つかなどがきちんと話せれば、拾ってくれるところもあるでしょう。

かといって、無理に正社員で採用してくれるところを選ぶのもリスクがあります。たとえ正社員として入社できたとしても、ブラック企業だった場合はお金より大事な何かを失う可能性だってあります。大事なのはお金ばかり見ないことです。人と違う経験をしているんだから、かならず何か得たものがあるはずです。それを正直に話しましょう。

もちろん、非正規でも条件がいいところはいくらでもあります。そこで何年か働いて、スキルアップしてから正社員を目指して転職したっていい。ひょっとするとそのほうが新卒として就活するより良い企業に巡り合えるかもしれません。

一年間フルタイムで働いてみて思ったことは、まずはちゃんと世に出て働くことが大切なんだということです。微々たるものであっても、自分でお金を稼いで、それで生きていくっていうのは、けっこうな達成感を与えてくれます。頑張ってください。

母方の曾祖母が103歳で亡くなった話

わたし ジャニーズ

 

の勢いで書きます。忘れてしまいたくないので。

曾祖母は細面の上品な人で、若い時はとても美人だったと聞きました。「ありがとう」が口癖の感謝の人でした。会わない間にすっかり老いて、95歳でペースメーカーを入れ、100歳を超えてからはいよいよ起き上がることも難しくなりました。私が一緒に暮らし始めたときは、もう一日の大半をベッドで過ごしていました。それでも感謝の言葉を忘れない人でした。

 

9月のある木曜日のことでした。残暑というにはまだ暑すぎる日でした。私はいつものように朝食を食べて家を出ました。曾祖母は火曜日からショートステイに行っており、家にいませんでした。翌週の月曜日に帰ってくると祖母から聞かされていました。火曜日は私の仕事が休みで、朝風呂に入ったので、ショートステイに行く曾祖母を2階の部屋から見送った気がします。

仕事はおそらく滞りなく終わり、私はいつものように定時で帰宅しました。家の近くまで来たとき、見慣れない車がガレージの前に止まっていて、いつもは閉まっている玄関が開いています。普段はカーテンも締め切られている仏間の、庭に面した引き戸が大きく開いていました。誰が来ているのだろう、「ただいま」と言いながら家に入った私を出迎えてくれたのは、祖父のきょうだいでした。なんでここに、という疑問はすぐに解けました。

「おおきいばあちゃんがなあー、亡くなってもうてなあ」

その言葉を聞いたとき、私は足の力が抜けて玄関先にへたり込んで、声をあげて泣きました。よく見れば、見知らぬ人が家の中にたくさんいました(後で聞いたのですが、隣保の葬儀班長さんと、葬儀屋さんでした)。でもそんなのは気になりませんでした。

つい二日前まで元気で、私が作ったものを「ありがとう、ありがとう」と言いながら食べてくれたのに。わたしが毎朝「行ってきます」というと、にっこり笑って細いしわくちゃの手を振ってくれていたのに。認知症が進んでもう孫の顔もわからなかったけど、祖母と、ひ孫の私の顔だけは忘れないでいてくれたのに。

私は父方の祖父を二人ともすでに亡くしていましたし、父方の曾祖母も亡くしていました。でも、亡くなった当時一緒に暮らしていたわけではなかったので、「生活からその人が消えた」わけではなかったのです。母方の曾祖母は違いました。たった5か月とはいえ、一緒に暮らしていたのです。仕事に行く私を見送ってくれていたのです。介護に勤しむ祖母を見てきたのです。一緒に食事もしたし、テレビも見ていました。一緒に暮らしていた人が、ある日突然いなくなったのです。103歳という年齢もあり、いつかその日が来るだろうとは思っていましたが、思うのと、覚悟を決めるのとではわけが違います。いつもの1週間のショートステイで、来週の月曜日に帰ってくるのだと、祖母から聞いていました。

曾祖母が死んだのは、ショートステイに行って3日目のことでした。帰ってくるには、早すぎました。

 

動揺が収まらないまま、なぜ亡くなったかを尋ねました。死因は「大動脈解離」という聞いたことのない症状でしたが、調べてみると、曾祖母の体ではどうしたって打つ手のないものでした。朝食後に急に意識がなくなり、病院に運ばれて、総診断されたとのことでした。親族がみんな病院に集まって容体を見守ったものの、脈はある。よく調べてみたら、脈だと思っていたのはペースメーカーが動いていたからで、本人の心臓はもうとっくに動くのをやめていたそうです。そこで、ようやくペースメーカーが止められ、死亡の診断が下されたのです。もはや悲しさよりもやりきれなさがこみ上げてきました。うまく言えないけれど、もう命は失われてしまったのに、たった一つの機械によって縛り付けられていたのです。医者はそんなこともわからないのかと、素人ながらにもどかしかったのだと思います。

母親に連絡しましたが電話がつながらなかったので、LINEをしておいて父親に電話しました。仕事中だった父は、「仕事が済んだら行く、母さんにも言っておく」と言ってくれました。

そのあと、曾祖母と対面しました。細くて華奢な手はドライアイスで冷え切っていて、大動脈解離の影響か青黒く変色していました。同時に、曾祖母にとって致命的だったことを悟りました。大動脈解離はそれなりの痛みを伴うものだと知って、痛かったんかなあ、しんどかったんかなあ、苦労してきた人やからせめて最後くらい眠るように終われへんかったんやろか。曾祖母はきっと痛みに苦しみながら、声すら出せずに意識を失ったのでしょう。誰かが気づいたときには手遅れだったのかもしれません。いろいろ考えていたらどうしようもなくて、後ろで葬儀の打ち合わせが行われている中、声を殺して泣きました。

 

翌日、納棺が行われました。私も手伝って、数珠を持たせたり、足袋をはかせたりしました。地元のセレモニーホールでお通夜もお葬式も行われることになっていたので、棺に入れられた曾祖母はそのまま運ばれて行きました。お通夜も、お葬式も、祖父のきょうだいの、仕切りたがりのくせに段取りの悪い人にイライラしていたら終わりました。笑

 

お棺にお花を入れる時が、お葬式の一番つらい瞬間です。この時間が終わってしまうと、故人は火葬場に送られてしまいます。切られた花を、お棺の中いっぱいに敷き詰めました。曾祖母は痩せて小さくなっていたので、いくらでもお花が入りました。前日に書いた手紙も入れました。涙で前が見えなくなるくらい泣いて、最後に残った白い花を顔の横に添えたら、蓋が閉められました。

焼かれた後には、驚くほどきれいな喉仏と、ペースメーカーと、人工関節と、ぱさぱさになった骨が残っていました。

そうして、曾祖母は「ご先祖様」になりました。祖母と私の生活から、曾祖母がいなくなりました。

 

 

半年たった今、そんな生活にも慣れました。祖母は曾祖母が寝ていた部屋にベッドを置いて生活しています。ずっと部屋に置いてあった曾祖母の服や鏡台も倉庫に片付けました。そのとき見つけた本つげの櫛を譲り受けて使っています。祖母は手鏡を自分で使うことにしたそうです。

 

103歳で亡くなったので、いずれは来るものと皆がどこか覚悟して、あるいはそう思っていました。私もそうでしたから、比較的早く立ち直れました。というより、お客様が来るたびにお茶を出したり、あれこれ手伝っていろいろ動かなくてはならないと気を張っていたので、悲しみに浸る暇もなかったのだと思います。

曾祖母にはもっと長生きしてほしかったです。今でも遺影の中でにっこり笑っているのを見ると、あの日もっと早く誰かが気付いていたらとか、お医者さんがそれまでにちゃんとなにか薬を出してくれていたらとか思ってしまいます。


ただ、それが曾祖母にとって最善の生き方だったのかと問われたときは、わからないと言うほかありません。

いつまでも元気でいてほしい人たちの話

わたし ジャニーズ

私はわけあって母方の祖母と暮らしています。誤解の無いように言っておきますが、両親も、父方の祖母も兄弟も健在です。仕事の都合で、たまたま母の実家から通ったほうが近かったので、一緒に暮らしています。

私は25歳、つまり生まれてから25年経ったことになります。その分、家族も年をとりました。大学生だった6年間、実家を離れていたせいで、家族の老いを感じることはあまりなかったのですが(おそらく私が帰省すると皆元気でいようとするから)、地元に帰ってきて頻繁に家族に会うようになると、ああ、みんな年をとったなあ、と思うことが増えました。

父方の祖母は、目に見えて小さくなりました。背中が曲がり、足や腰のあちこちが痛いと言います。今も元気に畑に出てはいるものの、目も見えにくくなっているし、ときどき転んであちこち打ったりしているようで心配でなりません。この前はキッチンでうっかりボヤを出すところでした。昔は絶対にそんなことはしなかった人でした。

母方の祖母は、長時間歩くのが困難です。もともと心臓があまり強くないのと、肥満気味のため、長時間歩くと息が切れるのです。私には見せないだけで、いろいろ心配事を抱えていることもわかってきました。曾祖母の遺産を祖父の兄弟にむしりとられたことが(親類の当然の権利なので仕方ないとわかっていても)、私は本当に悔しくてなりません。祖母はそれがあってから、なんとなく雰囲気が変わってきました。

母は更年期で、気分の浮き沈みが激しくなりました。自分でも自覚があるようですが、躁状態鬱状態のときの差が大きすぎて自分でも戸惑っているようです。私の将来がまだ不透明なことも、その精神状態の悪化に拍車をかけているようで、申し訳ないと思います。

 

年老いた祖母と過ごす時間が長いと、先のことをあまり考えたくなくなります。だってあと30年もしたら、二人ともこの世にはいないからです。死ぬまで元気でいてほしいし、なんならずっと生きていてほしいけど、人間の命には限りがあります。生物学的に言えば細胞分裂には限界があります。だから、いつか来る別れの時をただ待つしかありません。

私は、母方の祖父をがんで亡くし、父方の祖父を脳卒中で亡くしました。曾祖母二人は、どちらも突然の死でした。大切な人を失う悲しみ、さみしさ、喪失感は知っています。一緒に暮らす家族がある日唐突にその場からいなくなったらと思うと、どうしていいかわからないほどの恐怖に襲われます。

私は私の家族と、私を愛してくれる人たちに、いつまでも元気でいてほしいと思っています。もちろん、その「いつまでも」は永遠ではなく、彼ら彼女らの命が尽きるときまで、という注釈がつくことは書き添えておかなくてはなりません。

二人の祖母が元気なうちに結婚式に招待して晴れ姿を見せたいし、ひ孫を抱かせてあげたい。迷惑ばかりかけてきた両親に、ちゃんと恩返ししたい。

叶う前に、私の前からいなくなってほしくないから、いつまでも元気でいてほしい、という話でした。